魚は水や空気で育たない
養殖物の水産物を増やせば、魚が減少している問題を解決できるのでしょうか?確かに、養殖物は水産物の安定供給には不可欠な存在です。
養殖物の定番であるハマチやマダイといった魚から、ギンザケ、クロマグロ、シマアジ、フグ類、ヒラメ、ウナギなど日本では様々な魚が養殖されています。最近のブームとしてサバの養殖も生食できるという点で、人気が出て来ていますね。
また、ホタテ・カキといった貝類、ノリ類、ワカメ、コンブといった海藻類の養殖もあります。他にホヤやクルマエビなどの養殖もやっています。
魚と貝類や海藻類の養殖では、大きく違う点があります。それは「エサ」を人が与えるかどうかです。
ところで貝類や海藻類は、エサを与える必要がないので、どんどん増やせばよいのでは?と思うかもしれません。しかし、バランスよく増やして行かないと過密養殖や水質の問題が起きてしまいます。
さて、肝心の魚の養殖についてです。まず、稚魚や小さな魚を獲って(一部大型魚も)育てる蓄養と、卵から育てる完全養殖とに分かることができます。採卵して川に戻して回帰を待つサケのケースは、統計上、養殖物ではなく漁業に分類されているので、ここでは扱いません。
魚を養殖することは、たいていの場合「エサ」を必要とします。決して空気や海水で魚は大きくなりません。この点を理解して魚の養殖を考えていくことが不可欠です。
養殖物の位置づけ
世界全体の水揚げ量は、天然物が横ばいなのに対して、養殖物が増加していく傾向にあります。実際には天然物の漁獲量は意図的に伸ばすことは、北欧、北米などでは可能(容易)です。しかしながら、資源の持続性(サステナビリティ)を考えて行いません。
そこで、世界の魚の需要を賄うためは、養殖物の増加が不可欠になります。天然物と養殖物で年間約2億トン(2018年)の水揚げで2億1千万㌧ですが、その内天然(1億㌧)と養殖(1億1千㌧)は、約半々です。さらに養殖物の内、約3千万㌧が海藻類となります。
エサをどうやって手配するのか?
さて本題に入ります。まずは、魚を養殖するためには、どれだけのエサが必要になるかです。上図を見てください。1kg太らせるのに牛で8kg豚で3kgです。
一方で、魚に関してはサーモンで1.2kg、ハマチで2.8kg、クロマグロに関しては15kg必要です。養殖の漁労収入に占めるエサのコストは6割前後と言われています。このためエサに対する戦略は最も重要な要素のひとつとなります。
今回は、養殖魚として最重要魚種のひとつであり、日本でもすっかり市場に定着しているアトランティックサーモンに焦点を当てます。
アトランティックサーモンの世界最大の養殖国は、ノルウェーです。ノルウェーでは、2018年現在130万㌧の養殖量を2050年までに500万㌧にする方針があります。現場を訪れるとすぐ分かるのですが、これでもかというくらいのきれいで澄んでいるフィヨルドで養殖されています。ところが、国の方針でこれ以上のフィヨルド内での養殖ライセンスを増やさないことになりました。現在では、外洋に出て養殖を各社技術を競って養殖のライセンスを獲得するという流れになっています。
ところで、養殖量を何倍にも伸ばすためには、一体どれだけのエサが必要で、それは何処から手配するのでしょう?この質問に対して、まだ納得のいく答えをもらったことがありません。
これまでは、エサに使う魚粉や魚油の高騰で、植物由来の原料の比率を増やすことで、エサの増加に対応してきました。今では、魚由来のエサが約3割に対して植物由来が約7割です。
魚粉や魚油といった魚由来のエサの比率をゼロにもできるようですが、その場合、養殖されるサーモンは、本来自然界では食べることがなかったエサのみで育てられることになります。これはこれで、病気のリスクや身質の変化などの課題が出てくるのではないでしょうか?
エサの話
足りなくなって行く養殖のエサに関する対応策は、どうしていけばよいのでしょうか?
現在、候補として研究が進んでいるのは①昆虫(動物性タンパク)②木くず(エサの一部として使用)といったものがで出て来ています。また魚由来としては③深海にすむ未利用魚のハダカイワシを利用する可能性も上がっています。
魚の養殖には、必ずエサをどうするか考えねばならないのです。販売に際し重要度が増しているASC(養殖の水産エコラベル)認証で、MSC認証(天然の水産エコラベル)のエサが必要になる傾向についてはここでは割愛します。
簡単にいうと、乱獲された小魚などを使ったエサを使用することは、国際的な市場で認められなくなるのは時間の問題であり、それを考慮してエサの手配を考えていかねばならないということです。
日本の魚の養殖でのエサ
さて、話を日本の魚の養殖のエサに戻して行きましょう。最初に言えることは、日本は資源量が持続的ではない魚種を、未成魚を丸のままエサにすることは極力止めていくことです。養殖魚を増やすために天然魚を減らすとしたら、それは本末転倒ではないでしょうか?
アラスカでは、スケトウダラの身や卵を取った残渣(ざんさ・残り)を、養殖用のフィッシュミール(魚粉)にします。ノルウェーでは、ニシンをフィレーの残渣を同様にフィッシュミールにします。
また、北欧でのカラフトシシャモでは、オスメスに選別して、メスの卵を取りだした残り(干しシシャモ用の原料除く)をフィッシュミールにしています。オスメスをそのままフィッシュミールにするケースもありますが、これはあくまでも、資源状態が極めてよく、かつフィッシュミールの国際相場が高い時に限ります。
丸のままフィッシュミールにする魚として、イカナゴやブルーホワイティング(タラの一種)などがありますが、これらの魚は食用価値がほぼない魚です。
日本の養殖魚のエサのあるべき姿とは
まず第一に、北米や北欧のようにエサの生産には、丸のままの未成魚ではなく、成魚の残渣を使うことです。大きな魚は価値がありますが、全てが可食部ではありません。頭、内臓、骨を除去し、残りを食用とするのです。写真はニシンのフィレーですが、可食部は約45%、つまり半分以上がフィッシュミールになっているのです。
日本で水揚げが増えているマイワシを例に挙げれば、小さなうちの獲るのは止めて、同じように可食部を除いた残りをフィッシュミール(エサ)にすれば、どれだけ付加価値が高まるのでしょうか?
この点、現状では漁獲枠が多過ぎて、一度に大量水揚げされてしまい、処理も食用向けに間に合わないといことが起きています。例として、主要水揚げ港の釧路ではマイワシの実に約9割がフィッシュミールになっています。1990年代に釧路には20を超えるフィッシュミール工場があったものの、資源の激減でほとんどが潰れてしまいました。また工場が増えて同じことが繰り返されるのでしょうか?
マイワシは、環境要因にによっても資源は大きく増減しますが、減少し始めたら早めに手を打って回復を待つことが水産資源管理の基礎です。(例)米国西海岸では、資源の減少を懸念し2015年から禁漁とし、資源回復を待っているところです。
天然魚とのバランス
結局のところ、もととなる魚の資源をサステナブル(持続可能)にして行くことが何よりも大切で、全てはそこから始まります。資源が潤沢で水産資源管理制度が機能していれば、フィッシュミール向けでも食用向けでも漁業者の自由です。
しかし、漁業者・漁船ごとに漁獲枠が科学的根拠に基づいて決まっていれば、漁業者自ら考えて、水揚げ金額を上げようとします。
前述の釧路港の例でも、漁船や漁業者ごとに漁獲枠が厳格に決まっていれば、漁業者の方から水揚げを分割して水揚げが分散され食用になる比率が増えます。ただし、枠が後で増えるやり方ではそうなりません。
結果として、資源の無駄遣いもなくなって行きます。これこそ、なぜ、日本ではサバの3~4割が非食用になってしまっているのに対し、99%が食用となっているノルウェーとの大きな違いなのです。
日本でも、エサになる魚の持続性を最優先に考えて、養殖を拡大していく戦略を検討していく必要があるのではないでしょうか?