魚を獲り尽くしてしまう前にやるべきこと、TAC(漁獲可能量)国内編


2023年11月6日更新

スモークされた大西洋マダラとニシンの製品 漁獲枠が設定されている

魚が獲れないニュースに慣れてきていませんか?

「記録を取りだしてから最低」「半世紀ぶりの凶漁」「かつて経験したことがない不漁」など、サンマサケスルメイカイカナゴ、サクラエビなど、漁獲量の減少が年々深刻なケースが後を絶ちません。そしてその原因については、海水温の上昇や外国のせいにした後に「原因はよくわかっていない」で終わっていることがよくあります。

ところで、魚が獲れなくなって困るのは漁業者だけではないのです。その魚を加工していた加工業者、資材を納めていた業者、販売していた関係者を含めて、地域社会にも深刻な影響を与えてしまいます。

これを世界に視野を広げて漁業に成功している国々と比較すると、その減った原因がはっきりわかってきます。その一つが「漁獲可能量(TAC:注)」の設定の有無と運用の違いなのです。

今年(2019年)のサンマ漁は4万トン前後の過去にない大不漁で終わる見通しです。しかしその漁獲枠は、漁獲前から、前年(13万トン)より獲れない調査結果が出ていたのに26万トンもありました?そして来年も厳しい漁が予想されているのに、また26万トンで決まってしまいました。獲り切れない漁獲枠?(※注釈:2021年の漁獲量は約2万㌧ TAC約16万㌧と形骸化が続く)

同じく不漁で困っているスルメイカなども同じですが、日本の漁獲枠設定は、漁業先進国と、その運用が大きく異なり、形骸化して機能していないものがほとんどなのです。

漁業に従事する人が、水産資源が減っていても、生活のために出来るだけ獲ろうとするのは、ある意味当たり前です。そのため、漁獲枠の設定が獲り切れないほど大きかったり、漁獲枠自体がなかったりすれば、さらに将来悪くなるのが分かっていても、幼魚でも、卵を持った魚にでも手を出してしまうのも自然の成り行きかも知れません。

この結果、漁業先進国に比べ、様々な魚種で水産資源が危機的な状況になっているのが、日本の海の中の状態なのです。

70年ぶりの漁業法改正により、TACの設定魚種が増え、漁獲量ベースで早急に8割を対象にすることになりました。これは、漁業先進国に追いつくためには必要不可欠なのですが、問題はその中身です。輸入しているサバ、スケトウダラ、ズワイガニなどの天然魚種のほとんどは、TACが科学的根拠に基づいて設定され、漁獲量はTACとほぼイコールです。

水産資源をサステナブルにしていくためには、科学的根拠に基づくTACは決定的に重要です。日本は2022年時点でTAC魚種は8種(サンマ、スケトウダラ 、マアジ、マイワシ、マサバ及びゴマサバ、スルメイカ、ズワイガニ、クロマグロ)です。

しかし、この国内枠とは別にWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)で国際合意があるため変更できないクロマグロを除いて、漁獲枠が実際の漁獲量より大きすぎたり、漁獲が増えてきたら枠を増やしたりで、水産資源管理に役立ってきていません。

日本の漁獲枠の問題

漁獲枠の運用が効果を発し、水産資源管理に成功している国々では、実質的に漁獲枠=漁獲量となっています。これは、実際に獲れる数量より大幅に枠が少なく、簡単に枠をクリアできる漁獲量だからです。このため、獲り残された魚は成魚となり卵を産み続けます。漁業者は価値が低く、サステナブルではない幼魚は避けて漁をしているのです。

魚を減らすことなく獲り続けられる最大値をMSY(最大持続生産量)と言います。MSYでの水産資源管理は、1996年に批准した国連海洋法でも明記されています。しかしながら「沿岸漁業社会の経済上にニーズを勘案」という一文がその言い訳になってしまったのか、無視に近いことをしてしまいました。

このため、水産資源管理に関する方向付けが、北欧、北米、オセアニアなどの漁業先進国に比べて、決定的に遅れてしまいました。

SDGsロゴ 特に日本はしっかりせねばなりませんね。 

しかしながら、2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の「14 海の豊かさを守ろう」にはMSYでの資源管理が明記され言い訳の文言はすでになく、かつその 期限は2020年となっています(※注釈:目標に遠く及ばず)。遅れに遅れてしまった「国際的にみて遜色のない資源管理」が、漁業法改正によって漁業先進国に比べ数十年遅れでようやく始まろうとしています。

TAC は目標ではない

運用方法が間違っているため、日本の漁獲枠は目標のような数字になってしまっています。このため、漁業者からは制限が事実上ないようなものです。これでは制限に対する不満が出にくいものの、肝心の魚が減少して大きな損失を被っています。そしてその影響は、魚が高くなるという形で消費者にも跳ね返っているのです。

ノルウェーサバのTAC(漁獲可能量)と漁獲量はほぼイコール(ノルウェー青物漁業協同組合データ編集)

それでは、具体的な数字をもとに、日本と海外を比べてみましょう。まずは、サバです。日本のTACと実際の漁獲量を比較すると、過去10年(2010〜2019年)で平均61%の消化率です。一方で、ノルウェーサバの場合(2010〜2022年)は、グラフの通り、ほぼ100%に近い数字です。

さらにいうと、日本のサバのTACはサバ類として1本で管理されています。詳しくは、マサバとゴマサバ、そしてそれぞれ太平洋系群(マサバとゴマサバ)と対馬暖流系群(マサバ)・東シナ海系群(ゴマサバ)と学名も系統も異なり、資源管理上4つに分けるべきサバの分類を、サバ類としてまとめてしまっており、これでは管理になりません。

漁獲枠が大きすぎるため、漁業者は見つけたら、大きさなどにかかわらずたくさん獲ろうとします。このため、ローソク、ジャミと呼ばれる値段が安く、食用に向かないサバの幼魚も、我慢できずに獲ってしまうのです。

一方ノルウェーでは、漁獲枠が、実際に漁獲できる量よりも大幅に少なく、かつ漁船ごとに枠が配分されています(IVQ 漁船別・個別割当制度)。このため各漁船は小さなサバを避けて大きなサバだけを獲るようにしています。その結果サバ以外も含め、海には成魚(産卵親魚)の数が多くなっているのです。

日本とノルウェーのTACの違いは、食用比率にも表れます。食用にならない幼魚まで獲ってしまう日本のサバの食用比率は、約6割(2019年)で、後者は、ほぼ99%(毎年)です。また日本の場合は、国内で食用に向かないサバが大量に(2021年 約18万㌧・水揚げの4割)輸出されています。それらを日本国内での食用に向かないサバとカウントすると、実質的な食用比率は6割より、かなり下がることになります。

皮肉にもその分、食用にならない小さなサバを獲らないノルウェーなどから高い価格で輸入しているのです。本来であれば、成魚になった大きなサバを国際価格で輸出することが、資源の持続性と経済性の両面でプラスになるはずです。

TACがない魚はどうなってしまうのか?

マダラ(太平洋系群)の資源量推移 震災後一時的に激増したが再び激減。マダラにはTACが設定されていない   (水産研究・教育機構)

日本ではTACがなくて、米国、北欧、ロシアといった漁業国で設定されている代表的な例がマダラです。日本のマダラ資源(太平洋系群)は、2011年に起きた東日本大震災以降、漁獲圧力が減少し、資源量が急回復しました(グラフ参照)。しかしながらそれもつかの間で再び悪化し、元の木阿弥です。(注釈:その後、必然的に2020年時点で震災前より悪化)

マダラの幼魚 TACをきちんと設定している国では、日本のように幼魚まで獲らない

再び減った主な理由は、漁獲枠がなく、写真のような食用にならないマダラの幼魚まで獲ってしまうからです。TACと個別割当制度(ITQ)で、日本と対照的な管理をしているアイスランドでは、漁業者自ら決められた網目15cmより大きくして23cmとし、小さなマダラが獲れないようにして魚価と水揚げ金額の増加を狙っている漁業者もいます。

マダラの漁獲量は、日本が約6万トン(2021年)であるのに対し、米国が11万トン(2021年)、ノルウェー38万トン(2021年)、アイスランド27万トン(2021年)と、日本に比べて非常に大きな漁獲量になっています。その違いはTACがない日本と、TACで管理している国の違いが、資源管理の違いにより、数十年という年月をかけて資源量の大きな差となり、漁獲量の違いを生んでいるのです。

次の機会に譲りますが、ニシンなども加えて比較すると、TACや個別割当制度(IQ,ITQ,IVQなど)の有無により、巨大な資源量の差ができていることがわかります。

TACの設定と漁業毎の争い 

日本近海では、沖合VS沿岸漁業といった対立関係が見られます。本来、漁獲枠が巻網、定置、釣りなどに厳格に分かれていて、その範囲内での漁獲量であるべきなのです。しかし、それが決まっていなかったり、オーバーしても罰則がなければ、あるのは非難合戦と不信感ばかりになってしまいます。

逆に漁獲枠の配分と罰則が決まっていれば、いがみ合う必要はなくなります。配分が最も難しいのですが、ノルウェーで行われているような資源量が少ない時の、沿岸漁業への配慮が重要です。

なお、おさらいになりますが、ただTACを設定すればよいのではありません。科学的根拠に基づき、TACと漁獲量がほぼイコールとなるような設定と運用が不可欠です。日本のようにTACが実際の漁獲量より大きかったり、北海道沖(道東沖)のマイワシ漁のように、魚が獲れたら増やすでは、TACをどれだけ設定しても役には立ちません。

TACは、本来利用している全ての魚種に、科学的根拠を基に入れるべき制度です。漁獲量を自主管理によりサステナブルにできている例は、あったとしても極まれです。かつ少しでも多く獲りたいという本能には勝てず、結局は続かないのです。

また、TACが決まっても、それが漁船や漁業者ごとなどに個別割当制度(IQ,ITQ,IVQなど)が適用されていないと、いわゆるオリンピック方式となって、これまた見つけたら何でも獲ることに繋がってしまいます。

漁業法改正にも個別割当制度(IQ)方式の適用が入っていますが、これ以上手遅れになる前に早急な対応が求められます。

(注) TACは漁獲可能量と言いますが、ここでは分かり易いように漁獲枠と同じ意味で記述します。

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