SDGs14 日本の水産資源の危機 

厳しい世界の評価と魚が激減している現実

SDGs(持続可能な開発目標)に関する最新の評価結果(Sustainable Development Report 2020)が発表されました。魚が消えて行く日本の海。その現実に厳しい視線が注がれています。2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)、その達成期限であるゴールは全体では2030年です。

しかしゴールの中の14(海の豊かさを守ろう)のうち、魚の資源管理に関わる目標期限は2020年、つまり今年です。大きく分けて評価の良い方から、緑・黄色・赤という色分けですが、日本の「海の豊かさを守ろう」の色は「赤」。しかも水産資源管理の結果については、とても厳しい評価となっています(後述)。

欧米や、オセアニアといった漁業先進国が、その目標数値であるMSY(Maximum Sustainable Yield) =(魚を減らさずに獲り続けられる最大値)を達成していく中で、日本は大きく遅れて地方経済に暗い影を落とし続けています。

資源評価を詳しく分析してみると… 

日本の資源評価はかなり甘く 現実や世界の評価と比較すると矛盾が多い (資料:水産白書)

サンマサケイカナゴスルメイカなど、日本の漁獲量は、多くの魚種で右肩下がりに減少を続けています。ここで日本と発表されたSDGs ダッシュボードでのデータを比較してみます。

まず我が国ですが、水産資源評価が上のグラフを見ると、高位(24%)・中位(32%)・低位(44%)と3段階に分けて評価されています。

ズワイガニ 日本海系群 B海域の漁獲量推移 資源は「高位」には見えない (資料:水産研究教育機構)
ズワイガニのメス 米国、ロシアなど日本が輸入している国々では「メス」は漁獲禁止

ところがです。高位の中には、上のグラフのズワイガニ(日本海系群B海域)や、ニシンといった、実際の漁獲量推移から見ると、恐らくこれらの傾向について「高位」と見るより、むしろ「低位」とみるのでは妥当なものが含まれています。

上の写真はメスのズワイガニです。日本がズワイガニを輸入している米国、カナダ、ロシア、ノルウェーなどはメスの漁獲を禁止しています。放流しても生きているので、メスガニは卵を産み続けます。実際に資源が増えているケースは珍しくありません。

次にSDGsでの世界の評価(SDGs14・海の豊かさを守ろう)での日本の評価は、過剰漁獲・資源崩壊の割合が70.8%で悪化が進んでいるという非常に厳しいものでした。しかもこれは2014年時点でのものであり、2020年現在では、全体及び個々の魚種の漁獲量の減少傾向からして悪化していることは、残念ながら間違いありません。

つまり、日本独自では「低位」の評価が僅か44%であるのに対して、世界の日本に対する低位の評価「過剰漁獲・資源崩壊=低位と仮定」は70.8%と、評価の数値がまるで違うのです。

2020年12月に施行される改正漁業法では、国連海洋法やSDGsで採択されているMSY(最大持続生産量)に基づく資源管理がようやく実施されます。評価魚種を増やそうとしている段階ですが、データがある魚種でMSYの評価を行ったところ、約9割がMSY以下、つまり過剰漁獲の状態でした。

魚はだれのものか?国民共有の財産

日本の法律では、魚は無主物とされています。一方で、世界では欧米など「国民共有の財産」と位置付けらています。この一丁目一番地と言える肝心な文言が日本の漁業法にはありません。その文言を入れようとすると、そうさせないという闇の力が働いているようです。

「国民共有の財産」としていないために起こった身近な例に、静岡県で起きたサクラエビの禁漁区での漁獲例があります。サクラエビも、漁獲量・資源量共に激減しています。そこで資源を回復させるために産卵場に禁漁区が設けられていました。しかし、不漁の業を煮やした漁業者が禁漁区での漁を行ってしまいニュースになりました。

ところが、詳しい捜査が行われなかっただけでなく、いつの間にか「湾奥の禁漁区などの規制を一部緩和して漁に臨んだ」?となっている始末。資源が回復しないことは、漁業者だけでなく、地元の加工業者や観光にも暗い影を落としています。

「国民共有の財産」ではなく「自主管理」という方法で成功している例を筆者は知りません。あるのは自画自賛の例くらいです。

漁業者の仕事は、魚を獲ることです。魚を獲り過ぎればいなくなってしまうことは誰でもわかります。しかし、経済的なことを考えると、どうしてもたくさん獲る方向に進んでしまい、その結果ほぼ例外なく魚が減ってしまうのです。

必要なのは、漁業者ではなく、国が科学的根拠に基づいた水産資源管理のための制度をつくることです。

回復に長期間を要する、ケースが出始めていますが、今が世界からの警告を深刻に受け止めて行動するギリギリのタイミングです。