想像と現実が違う漁業の世界
農水省データを編集
2020年の漁業と養殖の生産量は386万㌧と、現在の形で統計を取り始めた1956年以降最低を更新しました。しかも世界全体では増加が続いており、極めて例外的な惨状を呈しています。
そしてその減少速度は早まっています。国民には「資源管理が機能していないから」という本当の理由がほぼ知らされていません。このため有効な対策を取ろうとすると、逆に漁業者から反対が起きてしまい行政も対応に苦慮しています。国際的な資源管理の常識に反するこれまでの漁業者へのミスリードに対する代償は深刻です。
サンマ、サバ、スルメイカを始め、多くの魚種で日本の漁獲量は減り続けています。もしくはタチウオのように既に減ったまま底辺にへばりついている魚種も少なくありません。今回はタチウオから見た資源管理について紹介します。
出所 海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会
海水温上昇でタチウオが宮城県で漁獲が増えていると言われていますが、その数量は多くありません。タチウオの全国の水揚げ量推移(上のグラフ)でわかる通り全体として増えているわけではなく、減ったままです。一時的に少し増えても、資源管理が機能しなければ残念ながら同じ道を辿るだけです。
魚が獲れる場所は限られている
東京湾でタチウオ釣りに集まる遊漁船 筆者提供
どんなに海が広いと言っても、どこにでも魚がいるわけではありません。魚種により魚が好む場所というのがあります。釣りで言えばポイントです。水産資源が多い時は、ポイントや漁場の範囲が広がります。このため、漁船は分散するので、魚に対する漁獲圧は比較的抑制されます。
ところが、資源量が減ってくると漁場が狭まって来ます。そして少ない魚を巡って漁船は入り乱れて操業することになります。上の写真は東京湾でタチウオ釣りに集まるたくさんの遊漁船です。また、釣りの場合は、魚がいても食い気が無いと釣れません。一方で網を使う漁業は、魚の意思に拘わらず漁獲しまうので、釣りよりもさらに厳しい管理が必要なのです。
タチウオ狙いの遊漁船の位置 筆者提供
上の青丸は遊漁船の位置を示しています。神奈川県、千葉県、東京都から集結しています。東京湾は広くても、タチウオが集まる場所は限られています。もちろん、このポイント以外でもタチウオはいます。ただ、釣り客はたくさん魚が釣れている遊漁船を選びますので、各船とも出来るだけ釣ってもらうよう、少しでも魚の多い場所に集積して漁獲圧力が高まります。
釣り人と漁業者の心理
船が水揚げしたタチウオ 筆者提供
東京湾のタチウオ釣りでは、釣ってよい尾数やサイズ制限があるわけではありません。仮に大きなタチウオばかり釣れれば、満足して小さなタチウオはリリースして、大きくしてから釣ろうという心理が働くことでしょう。しかしながら、釣れなければ小さな魚でも持ち帰ろうとするのが、釣り人の心理ではないでしょうか。これは、タチウオに限らず他魚種でも同じだと思います。そして魚は釣りでも減って行きます。
釣り人に限らず、漁業者の心理も同じと筆者は考えています。漁業者も釣り人も、価値が高い大きな魚を狙うというのは共通のはず。そこで魚が獲れなくなると、資源によくないと分かっていても、小さな魚にまで手を出すのも同じはずです。このため、近場では魚が獲れなくなり、どんどん遠くへ行こうとします。地方や海外ではなぜ魚がたくさん釣れるのでしょうか?
釣り人が持ち帰ってよいサイズ・尾数や、漁業者が漁獲してよい「サイズ・数量が決まっていない」これでは両者とも出来るだけ獲ろうという心理状態となってしまいます。その先にあるのは、現実に起きている次々に魚がいなくなっていく海です。
タチウオは横にも泳ぎますが、その名の通り立っているようにエサを狙いながら上を向いて泳いでいる魚です(太刀に似ているからという由来もあります)。サバやアジなど横に泳ぐ魚と異なり、群れを見つけたら漁獲しやすい魚といえます。
かつて東シナ海では、以西底引き網でたくさんのタチウオが漁獲されていました。しかしどんなに資源が多くても、数量管理なしで長年にわたり縦に泳いでいる魚を横から引いて獲り続ければ魚はいなくなってしまいます。
各国が入り乱れて魚を獲るというのはどういうことか?
資源が激減してしまった サンマ
ここまでタチウオを例にとって説明して来ました。東京湾を例にして、世界で起きている漁業に対して実際にどのようなことが起きていて、どうする必要があるかについて知っていただきたいと思います。
日本の沿岸漁業は別にして、EEZ(排他的経済水域)の外側の公海での漁業に対しては、どういうイメージでしょうか?報道されているサンマの例では日本のEEZに回遊してくる前に、中国や台湾などの漁船に漁獲されているから漁獲量が減っているとしています。
このため、日本漁船と、中国や台湾なの漁船とでは、漁場が違うと思われているかも知れません。ところが、日本のサンマ漁の9割以上は日本のEEZ外の公海です。サンマの資源が激減し、お互いが目視できるような狭い漁場で各国の漁船が入り乱れて操業しているのです。
サンマ資源が潤沢であった頃は、漁場が広範囲に広がっています。このため外国船が操業していても日本に回遊してくるサンマも十分にいたわけです。しかし資源が減ってしまうと、漁場が狭くなり、ますます漁獲圧力が高くなり、資源が減って漁獲量が減ります。
なお、大西洋でのサバやニシンなどの漁も、EU、ノルウェーなどの漁船が入り乱れて操業しています。例えばノルウェーなどは水産資源の約9割を他国と共有しています。欧州は国の数が多くロシアも加わり、様々な思惑が絡み日本近海より複雑です。
英国がEUから離脱した際には、漁業で最後までもめていました。英国としては、同国内のEEZで操業していたEU諸国やノルウェーを排除したい意向があります。このためBrexit 後、ノルウェー漁船がそれまで漁獲の中心であった英国のEEZ内でサバ漁が出来なくなり、漁獲時期の繰り上げなど操業パターンにも影響を与えました(英国・ノルウェーは2023年にサバの操業に関して合意)。
タチウオで、東京湾に神奈川・千葉・東京の遊漁船が入り乱れている例を挙げました。言い換えれば、公海上に中国・台湾などの漁船と、日本のサンマ船が入り乱れて操業しているのと類似しているのです。
タチウオの遊漁船の方は、網を使っているわけではないので、必ずしも漁獲圧力が高いとは言えません。しかしこれが、網を使った公海での操業となれば、資源にとってかなり危険な領域に入ってしまうのです。
東京湾のタチウオでも、万一遊漁船が集まっている漁場で、底引きなどの漁法を使ってしまったら、たちまち資源は枯渇していき、遊漁船の仕事も出来なくなってしまうことでしょう。資源はそれほど壊れやすく、いったん崩壊してしまった後の回復には長い年月がかかってしまうことになります。
過去の歴史から
世界では、各国漁船が入り乱れて資源を崩壊させてしまった例がいくつもあります。最も有名なのが国際的な水産エコラベルであるMSC漁業認証が出来るきっかけとなった東カナダでのマダラ漁(1992年~禁漁)、もう一つは日本の漁船も大きく関係したベーリング公海でのスケトウダラ漁(1994年~禁漁)です。この2つは、いまだに資源が回復せず禁漁が続いています。
複数の国が絡む資源管理はかなり難しく、実際に資源管理が進む欧州でも、サバを始め漁獲枠の合意に関して必ずしも、科学的根拠に基づく合意が得られていないケースがあります。一方で、我が国では自国の管理をしっかりすれば回復できる魚種が多数あります。
このブログは、一人でも多くの人に資源管理の重要性について気付いていただくために続けて行きます。