証明書がない魚は流通できなくなる?
水産資源保護への新規制が行われる見通しとなりました。農水省は、早ければ2020年の通常国会に関連法案を提出する予定です。内容は、国内の水産物に産地証明書を付け、輸入品においても漁獲証明書を義務付けていくというものです。
そもそも、どこで誰がどのように獲ったのか分からない水産物が、輸入品・国産品にかかわらず、他の水産物に混じって出回っているのはおかしいですよね?
アワビ、ウナギ、ウニ、カニ、サケ、ナマコと知らないうちに密漁品を食べ、反社に協力しているかも知れない内情を追った「サカナとヤクザ(鈴木智彦著)」は、大きな反響を呼びました。
証明書がないものが、輸入も流通もできなくなれば価値がなくなります。そうやって国際的に大きな問題になっているIUU(違法、無報告、無規制)漁業を排除し、水産資源管理に貢献していこうとする大きな動きがあります。
EUでは、2010年から漁獲証明がない水産物は輸入できなくなっています。一方で、日本の輸入規制は弱く、漁獲証明は、メロ、ミナミマグロなど、極限られた魚種で必要になっているに過ぎません。違法に漁獲された水産物でも輸入されやすいのです。
日本ではトレーサビリティが十分でないことが少なくないため、流通している国産の鮮魚などの水産物は、誰がいつどこで獲ったものかが、すぐに分からないケースが少なくありません。特に鮮魚などが入った国産の水産物は、流通に使用されている発泡スチロールの外側には、写真のようにこれらの情報が記載されていないものがほとんどです。
輸入品の場合は、北欧などバーコードなどで厳格に管理されているものが多くあります。しかし、IUU漁業の原料が、人件費が安い国々で加工されてしまうケースがもしあれば、その製品が日本に輸入されやすいという面は否めません。
トレーサビリティの不備によって起こるのは、IUU漁業の魚の問題だけではありません。不幸にして放射性物質などの問題が発生した場合、これまでのやり方では、その安全性を客観的証明するのは難しい環境にあります。また、鮮魚だけではありません。冷凍原料のイカ、サバ、サンマなど、生産日が入っていない原料も問題は同様に起こってしまいます。
対照的に冷凍ノルウェーサバの場合、生産日はもちろんのこと、規格、保管温度などの情報が表示されて、詳細な情報がバーコードで管理されています。
空輸で輸入される生鮮のノルウェー サーモンについても、生産日、消費期限といった情報が表示されています。日本の場合は、生産日などを表示しない傾向があります。しかしながら、ノルウェーなどの輸出国は情報を表示して管理することで、品質などで問題が発生した場合でも、素早くトレースして原因を特定する仕組みができています。こうして輸出する側が、自分たちを守るためにとトレーサビリティを行っているのです。
日本では密漁品でも流通してしまう
政府は、証明を義務化する対象として、密漁リスクが高いナマコとアワビから始める見通しです。密漁品など無関係と思われるかも知れませんが、日本で流通している水産物が、そうではないとどうやって証明できるのでしょうか? そもそも、訳あり品、特別価格といった水産物に対する警戒心が、日本人には薄いのかも知れません。
国内の密漁検挙数は、増えているそうです。密漁は他人事でも、外国で起きた預かり知らぬことでもなく、身近な問題なのです。
ウナギが絶滅危惧種となり供給が大幅に減少しています。このため養殖に使うシラスウナギと呼ばれるウナギの稚魚の取引き価格は、キロ200万円(2019年)と非常に高いです。資源が激減したために魚価が高騰、そのため密漁が増えやすくなる悪循環に陥っているのです。
2018年の漁業法改正に当たっては密漁に対する罰金は大幅に引き上げられることになります。密漁品の取得に対しては3年以下の懲役、3,000万円以下の罰金を始め罰則が強化されます。罰則強化による減少も期待されています。
輸入を規制する必要がある水産物
水産資源管理を自国で厳格に行っていても、IUU漁業で漁獲されてしまっては困ります。 世界ではIUU漁業を規制しようとする動きが年々強まっています。一例として、Googleは全世界の海洋漁業活動を可視化するGlobal Fishing Watchを2016年に開設しています。人工衛星などから取得した漁船の位置情報を解析し活動状況を表示。船名や国名もわかる時代です。
最新IT機器で世界の漁船の動きをウォッチし、漁獲証明がない水産物を輸入できないようにして市場からIUU漁業を排斥する動きが加速してきました。一方で、その排斥された魚が、漁獲証明をあまり必要としない日本に輸入されやすいで良いわけがありません。
IUU漁業の意味
IUU ( Illegal Unreported Unregulated) 漁業の3つの要素を見てみます。まず「Illegal=違法」は、誰でも悪いことが分かるので簡単です。一方で、Unreported=無報告とUnregulated=無規制の2点は、何が問題なのか分かりにくいかも知れません。
「無報告」について分かり易い例が、絶滅危惧種に指定されている養殖に使うウナギの稚魚漁です。日本で池入れされているウナギの稚魚は少なくも半分以上が、密漁や無報告によるものと言われています。実際の池入れ数量と報告されている漁獲量に大きな差があるのです(例)2015年シーズンは約6割が出所不明。
ウナギの場合、違法に漁獲された分もあるかも知れませんが、それ以上に、報告されていない数量が問題です。またそれ以外の多くの魚種に、資源評価のための漁獲量や資源量のデータが十分にないことが問題になっています。
ほとんどの魚種において、国際的にみて遜色がない資源管理が実行されてきていたのならば、漁業法の改正でTAC(漁獲可能量)を増やす際に、データがなくて困っているといった現在直面している問題は起きなかったはずです。
「無規制」については、漁期、漁法、漁具などの規制があるものの、食用にならないような様々な魚の幼魚まで、底曳きや巻き網などでまとめて獲ってしまっています。 これは肝心の「数量」で管理していないため起こってしまいます。まさに多くの漁業は、水産資源管理制度の不備により、肝心の数量面での資源管理において「無規制」に近いのです。
気付くことの重要性
2018年に、70年ぶりに改正された漁業法の背景には、政治家を含む多くの関係者が、日本の水産資源管理の問題点の気づきがありました。世界と比較してみると次々に分かる日本の資源管理制度の異常性。このため「国際的にみて遜色がない資源管理」の実績がクローズアップされています。また問題の根源にあるのは、食を通じて大きくかかわっているのに、その問題を国民の多くが知らないことにあります。
おわりに
前述の「サカナとヤクザ」のおわりには「処方箋が分かっているのに手が付けられない。日本の漁業を知れば知るほど、密漁など大した問題ではないと思えてくる。」と書いてあります。
密漁はもちろん大きな問題なのですが、それよりもっと大きな問題があることに、著者が取材を通じて気が付かれたのです。
主要参考文献を見ると拙著が3冊「日本の水産業は復活できる!」「魚はどこに消えた?」「日本の漁業が崩壊する本当の理由」挙げられていました(笑)。
水産資源管理の問題は、非常に重要で身近な問題なのです。